『GO TO にっぽん! ~コロナ禍が明けたら一番に見たい風景~』第22弾 「どこにでもある日常の風景こそ、本当はどこにもない、その地ならでは」(Discover Walks)

空が白むころ、静寂をやぶるように響き始める気動車のアイドリング音。
未明、まだ寝静まった島の家並に響く、巡航船の入港の汽笛。
陽光眩い春のカルスト草原に響くホオジロやセッカのさえずり。
感じる先人の努力と智恵。水の乏しい台地に滔々と流れる用水と分水工。
夏の道端や畔の草刈作業で感じる草いきれ、流れる汗。
冬枯れの森で踏みしめる落葉の音。
西の空が茜色に染まる頃、吹いていた風が止み、ふいに訪れる夕凪の一瞬。
定番のメロディで17:00を知らせる防災無線。
沖を煌々と照らす漁火と見上げた空に瞬く星々の光。

――どれも日本各地、それぞれの地の日常です。
“特別”でもなく“非日常”でもなく。
日夜、時々刻々、春夏秋冬。
静穏・蒼天の日、大時化・荒天の日。
その地のその時々の音、香り、寒暖、雰囲気、コト・モノ。
私の心に響く、心に遺る“風景”はこんな感じです。


太古から今に至る大地や海洋の変動変遷と
最終氷期以降の私たちが現在眼前にしているその地の自然の有り様。
そのような“その地の自然条件”を踏まえて、どんな暮らしをどう営むのか…。
その地でその時代時代に生きた人々が、智恵をしぼり、汗を流し、刻苦奮闘して、その地の自然と織り合いを付けてきた結果や現状。それが各地各様の“日常の風景”=文化的景観。
それはその地に生きる人々の気風気質や暮らしの有り様にも大きく影響している、と私は思っています。

“どこにでもある日常の風景”こそ、本当はどこにもない、その地ならでは。
それは、表面的ではない本質的なコト・モノ・メッセージを黙して語り伝えてくれる優れたインタープリターです。その前にあっては、私のようなガイド/インタープリターは足元にも及びません。

あなたの“どこにでもある日常の風景”は…。
きっと、この径のむこう、に。

【エコセン団体会員 / Discover Walks 亀津淳司】

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