「サスティナビリティを主張!」シリーズ 第7弾(鹿熊勤)

私は80年代から自然・アウトドアの分野で取材活動を続けてきましたが、
駆け出しのころは自然破壊に対する告発運動を追うことが多かった気がします。
人間活動の矛盾は、日本の場合まず公害問題として噴出しました。
同じころ、地域間格差を無くすという目標で進められたインフラ投資は、
結果的には政権や行政組織の権益維持のための飴となり、
全国各地で自然破壊を引き起こしていきました。

 

経済のためなら少々の問題には目をつぶれ…
という国の感覚は今もあまり変わっていませんが、
風向きが変わり始めたのがバブル崩壊後。
日本の経済界が環境主義を打ち出し始めたのです。
引き金はアラスカで起こった、海の環境破壊としては
最大の原油流出事故(バルディーズ号事故)だったと記憶します。
環境破壊に対するペナルティ(天文学的な補償費・社会的信用の失墜と株価の暴落など)
が、いかに高くつくかを世界中の資本家に知らしめた事故でした。

 

その後のアメリカでは環境保護主義を掲げる企業が続々と登場。
経済紙『フォーチュン』が特集を組むまでのトレンドとなりました。
そのうねりは、バブル崩壊後の日本企業のひとつの指針となります。
90年代に入ると“エコノミーからエコロジーへ”というスローガンのもと、
経団連傘下の大企業の環境対策が加速します。
さまざまな業界が環境主義へのシフトをアピール。
新聞に『20世紀反省団』という全面広告を出した建設会社までありました。
最もシンボルリックなうねりが、脱石油を掲げた
ハイブリッドカー(トヨタ・プリウス)の登場でした。

 

当時は半信半疑でしたが、近未来のモビリティーの主流が
電気自動車であることは、今ははっきりしています。
環境への配慮はCSR(企業の社会的責任)の中でも選択され、
企業もまた地球市民のひとりであるという自覚が広がっていきます。
そして今、企業を含めた私たちの社会はSDGsという行動選択の時代へと入りました。
SDGsについては、日本エコツーリズムセンターの周辺にもたくさんの専門家が
おられるのでここでは言及しませんが、私はどのような活動でも、
大切なのは義務感や怒りをエネルギーにしないことだと思います。

 

今の若者たちの環境意識は、私たちおじさんが若い頃よりも数段高いと感じます。
これは80年代以降に模索が続けられてきた環境教育・自然型教育の成果であるのは
いうまでもありません。
こうした教育にまだ足りないものがあるとすれば「実感」です。
日ごろ大学生と接していて感じるのは、温暖化や熱帯雨林、サンゴの消失など
地球規模の環境問題はよく知っているのに、足元に生えている草、
目の前の虫、季節の移ろいにさえ意識も関心も持っていない若者がとても多いこと。
つまり、知識としての自然であり環境なのです。

 

「清く正しく美しい」ことだけを考えさせる理念主義教育の限界ともいえます。
では、人の心を動かし続けることのできるエネルギーとはなにか。
それは「面白い」(楽しい)という好奇心と連動した実感ではないでしょうか。
怒りや義務感で立ちあがった運動体の多くは短期間で解散しています。
なぜなら、怒りや義務感は人を消耗させるだけだから。
楽しい活動だけが世代を超えて継承されていく。
これは長年、環境活動をウオッチングしてきた者としての結論です。

 

【エコセン理事 / ジャーナリスト/鹿熊勤】
(2018年6月27日配信 メルマガ掲載)