『彩とりどり日本紀行 啓蟄 :3月5日(旧歴1月25日)』第15弾(山中俊幸)

3月5日火曜日は二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。
啓は「開く」、蟄は「虫などが土などに隠れている状態」を意味し、「暖かくなり、冬ごもりしていた虫が地表に出てくる」時期を指している。
日付は固定されていないが、例年3月5日または6日で、2023年は6日だった。
次の二十四節気「春分」は3月20日なので、今年は3月5日から19日頃までが啓蟄の期間になる。

土の地面と接することがほとんどない都会暮らしの身にとって、啓蟄はピンとくる季節の言葉にはなっていない。
3月初旬に虫を見かけることはないし(気づかないだけかも)、夏になってもカエルやヘビに遭遇することはない。
繁華街でネズミが目の前を横切りぎょっとすることは季節に関係なくよくあるが、奴らは啓蟄とは無縁。冬ごもりなどしないのだ。

この時期、春の兆しを感じさせるものは、草木の芽吹きや肌にあたる風、そしてスーパーに並ぶ野菜だ。
菜の花、ふき、ふきのとう、うど、せり、三つ葉。
ふだんよく行く小さなスーパーには春野菜の種類はそんなにないが、見かけるとついつい買ってしまう。

「春の皿には苦味を盛れ」という言葉がある。
春野菜の苦味のもとになるのは、新陳代謝を促すポリフェノールや植物性アルカロイド。
ポリフェノールには抗酸化作用があり、植物性アルカロイドには腎機能や肝機能を高め、体内の老廃物を排出する働きなどがあるという。

ヒトのからだは冬に新陳代謝を低下させて体温が下がるのを抑え、脂肪を蓄えるというが、そのからだを再起動させるのが春野菜なのだ。
苦味を欲するのは動物の本能なのだろう。
野菜売り場で手を伸ばしてしまうのも、無意識の生存欲求だったのだ。
本当かどうかは知らないが、冬眠から目覚めた熊がまず食べるのが、ふきのとうといわれている。

啓蟄の前後からスーパーの店頭でまだかまだかと気になってくるのが根三つ葉の入荷だ。
その名の通り根がついた三つ葉だが、料理の風味付けに使われる糸三つ葉や切り三つ葉とはまったく異なる。
春から初夏にかけて種が蒔かれ、冬は根元に土寄せして軟白栽培され、1年がかりで育てられたそれは、葉の色は濃く香りは強く、茎はしっかり、根っこも細いごぼうのようだ。

《セロリの下に根が見えているのが根三つ葉。ちなみに下にあるのはパクチー。 香味野菜が好き過ぎる》

根三つ葉を買ってきたら、根を落として茎と葉を食べやすい長さに切り、まずは豚肉とエノキを塩コショウで炒める。
次に茎を炒めて火を通し、葉の部分を投入。5〜6回フライパンを振って混ざったら急いで器に盛る。葉の色が変わるほど炒めないのが肝。
ほとんど生のしゃきしゃきでも予熱で三つ葉はしんなりし、香りが立ち上がってくる。
そこにラー油酢醤油をどばっとかけて、熱々をごはんでいただく。
至福の時間の到来だ。

もし最後の晩餐で何を食べたいかと聞かれたら(ぜひ聞いてほしい)、この「根三つ葉と豚肉のさっと炒め」をぜったいに切望する。
それほど大好物なのだ。
切り落とした根っこはきんぴらが美味い。

このレシピは、栗原はるみさんの名著であり僕のバイブルになっている『ごちそうさまが、ききたくて。』(文化出版局)に掲載されているもので、改めて読み返してみたら、彼女も「出回るのを待ち焦がれるのは春先の根三つ葉」「根三つ葉の顔を見たら、最初に作る料理」と書いていた。

「最初」の次にどんな料理があるかは知らないが、根三つ葉が手に入ったら毎日飽きることなく最後までこのレシピで食べ続けている。
でも悲しいことにその期間はわずか1週間。根三つ葉はあっという間に店頭から姿を消してしまうのだ。
栽培に手間がかかり生産者が少なくなってしまったのが原因のようで、入荷時期はお店の人に聞いてもわからない。だから啓蟄前後の2月から4月頃までは毎日店頭チェックが欠かせない。

僕にとっての啓蟄は、根三つ葉の季節到来の合図。
もし見かけたら、ぜひこのレシピで食してほしい。この美味しさをみんなと分かち合いたいのだ。

実は啓蟄は、忘れがたい日でもある。
エコセン事務局からこのコラムを書けと命じられ、そのお題が啓蟄だと告げられたとき、これは逃げられないと思った。
自分の会社をつくったのが1991年3月6日の啓蟄の日。
下積みの地下生活から地上に打ってでるなら、この日を記念日にするのは悪くないと考えたのだ。

友人のイラストレーター・伊藤博幸(イトヒロ 1954-2008)に啓蟄からイメージした不思議な昆虫イラスト「ウレスジニラミ」を描いてもらい、それを会社設立の挨拶状にした(会社は「ミノホドシラズ」にやられたが。PDF参照)。
そのイラストを描き直し、作品を集めた本が『不思議の国の昆虫図鑑』(凱風社)だ。

《啓蟄からイメージした「ウレスジニラミ」(『不思議の国の昆虫図鑑』より)》
《『不思議の国の昆虫図鑑』伊藤博幸 凱風社。もう絶版になっているが、中古で入手できる

イトヒロはその後、僕が立ち上げたエコツアー・ドット・ジェイピーで「東京不自然図鑑」という連載をしてくれたが、そのエコツアー・ドット・ジェイピーがエコセンをつくるきっかけとなった。
エコセンの起源は、啓蟄だったのだよ、という衝撃の事実(?)を突きつけることで、この支離滅裂なしょーもないコラムにオチをつけよう。

【エコセン副代表理事/クールインク代表 山中俊幸】

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