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イトヒロの東京不自然図鑑

<月イチ連載>

2004年6月14日up

 新宿から電車で10分。住宅地とはいえ、東京のど真ん中ともいえる世田谷にも自然があります。というより、都会でしか見られないような自然もあるのです。一般常識から言えば不自然とも思える東京の自然最前線を、お散歩がてらご紹介しましょう。

第12回「ヒキガエル」

 

 6月のある夜のことです。家の前の駐車場の薄暗がりに、握りこぶしほどの石が二つころがっていました。だれが置いたんだろうと思って近づいてみると、その石がゆっくり動きだしたからおどろきました。なんと、石ころだと思ったのは二匹の大きなガマ(ヒキガエル)だったのです。
 梅雨のシーズンには東京でもヒキガエルが見られます。古い家の庭やお寺の境内などに住みついているようです。蒸し暑い夜には道路にまで出てくるのでギョッとさせられます。夜行性なので、街灯の明かりに集まる虫を食べにくるのでしょう。それにしても、まさかこんなところでと思うような場所で出くわすものだから、この季節は夜道に気をつけなくてはいけません。一度、知らずに踏んづけて悲鳴をあげてしまった情けない経験があります。
 カエルといえば水場に近いところにいると思いがちですが、自然状態のヒキガエルは普段は森に住んでいて、2〜4月の産卵の時にだけ水のあるところに何キロも移動するのだそうです。なるほど、これなら近くに池などない民家の庭にひそんでいておかしくありません。それに、水場といっても近所の公園のコンクリート池にさえ毎年ひも状の卵塊を産み落としていくので、東京のヒキガエルもなかなかたくましいと感心してしまいます。
 しかし、最近は都会のヒキガエルもめっきり少なくなっているようです。ヒキガエルの産卵は「カエル合戦」ともいわれ、まだ寒い2、3月のある日にいっせいに水場に集まっておこなわれます。この「カエル合戦」が名物だった都内の古い池も、最近ではあまり見られなくなったところが多いと聞きます。
 ヒキガエルの減少は開発で住みかを追われているせいもありますが、自然環境の悪化が大きな原因です。皮膚を露出して生きる両生類は、化学物質による水質汚染、オゾン層破壊による紫外線の増加や酸性雨などの環境汚染にもまっさきに影響を受けやすいのです。そのために、世界中で急激に両生類が減少しているという報告があります。ヒキガエルが都市に住めるということは、われわれの都市環境が安全かどうかの指標でもあるわけです。
 こんどヒキガエルに出会ったら、驚かさないように近づいてお腹を指で押してみてください。ぷよぷよしてかわいいんです、これが。ただし、あんまりしつこくやらないように。ヒキガエルは耳の付け根のところから白い毒液を出して身を守ろうとします。
 こんな防衛手段を持っていても、自動車に踏みつぶされたらひとたまりもないヒキガエルは、東京では本当に貴重な生き物という気がします。
 


イトヒロ:少年時代の穴蝉とり名人にして東南アジアバックパッカー経由、草野球迷三塁手のイラストレーター。著作に「からだで分かっちゃう草野球」(学研)、「不思議の国の昆虫図鑑」(凱風社)、「草野球超非公式マニュアル」(メタ・ブレーン)、「旅の虫眼鏡」(旅行人)など。雑誌「子供の科学」に「イトヒロのご近所探検隊」連載中。