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イトヒロの東京不自然図鑑

<月イチ連載>

2004年1月13日up

 新宿から電車で10分。住宅地とはいえ、東京のど真ん中ともいえる世田谷にも自然があります。というより、都会でしか見られないような自然もあるのです。一般常識から言えば不自然とも思える東京の自然最前線を、お散歩がてらご紹介しましょう。

 

第7回「チカイエカ」

 

 枕元で「プ−ン」といやな音。まさか、真冬だというのにどうして蚊がいるの? こんな覚えはないでしょうか。なかには、ほんとに刺されてしまった人もいるかもしれない。その正体はチカイエカ。都市のビルの中では、冬でも蚊が人を襲ってくるのです。
 私が子供の頃、蚊は夏にしかいない虫でした。もちろん冬にもいたんだけれど、休眠中の蚊は人を刺すことができなかった。しかし今や、真冬でも吸血するチカイエカが日本中に広まってしまったのです。
 チカイエカはアカイエカとそっくりの蚊で、ごく近い仲間といわれています。日本にも昔から古い井戸の底などに住んでいたといわれていますが、この蚊が一躍有名になったのは第二次世界対戦のイギリスでした。空襲のために避難した地下鉄のトンネルの中で、ロンドン市民はこのチカイエカにほとほと悩まされたのです。
 チカイエカの手に負えない点は、まず無吸血産卵できること。普通種のアカイエカは動物の血を吸わないと産卵できないのにくらべ、チカイエカのメスは最初の産卵を無吸血でおこなえるのです。つまり、餌がなくても子孫を増やせるというわけ。
 次に狭所交尾性。アカイエカは飛びながら空中で交尾しますが、チカイエカは止まったまま交尾できるので、狭い空間でも繁殖できます。
 そして無休眠。冬は休眠状態となって活動を止めるアカイエカに対し、チカイエカは冬でも休眠せずに血を吸います。室内温度が10度あれば吸血活動をおこなえるのです。これが冬でも血を吸う蚊の正体です。
 もともと暗くて狭い地下の水たまりで細々と繁殖していたこの蚊は、都市化が進むにつれて、ビルの地下の排水溝や浄化槽、地下鉄の側溝などの生活環境に順応してどんどん増えていきました。日本では50年ほど前に東京や熱海で発見されて以来、各地の主要都市に急速に広まり、今では日本全国の都市に見られるほどになりました。
 アカイエカやコガタアカイエカは生息場所がなくなって激減しているといいます。そんな中で、寒さに強く冬でも活動できるチカイエカは、都市の発展とともにこれからも勢力を拡大していく気配なのです。
 チカ(地下)イエカが「地上イエカ」となって、一年中蚊に悩まされる日々がやってくる。そんな話もあながちウソじゃないんです。
 

イトヒロ:少年時代の穴蝉とり名人にして東南アジアバックパッカー経由、草野球迷三塁手のイラストレーター。著作に「からだで分かっちゃう草野球」(学研)、「不思議の国の昆虫図鑑」(凱風社)、「草野球超非公式マニュアル」(メタ・ブレーン)、「旅の虫眼鏡」(旅行人)など。雑誌「子供の科学」に「イトヒロのご近所探検隊」連載中。