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イトヒロの東京不自然図鑑

<月イチ連載>

2003年08月7日up

 新宿から電車で10分。住宅地とはいえ、東京のど真ん中ともいえる世田谷にも自然があります。というより、都会でしか見られないような自然もあるのです。一般常識から言えば不自然とも思える東京の自然最前線を、お散歩がてらご紹介しましょう。

第2回「アブラゼミ」

 

 子供の頃、夏になるとよくセミ捕りをしたものです。
 5メートルほどの物干竿の先端に針金で輪をつくり、薄い手ぬぐいで手製の袋をくくりつけた「布製捕虫網」は、毎年夏休みになるとまっ先にこしらえなければならない遊び道具でした。竿も布袋もかなり重いのに、こんないいかげんな捕虫網で子供がよろよろと近づいていっても、案外セミは捕まるから不思議でしたね。
 小学校高学年になると、木にしがみついているセミを追いかけるのにも飽きて、羽化のために穴から出てくる幼虫捕りに夢中になりました。これは家に持って帰って、部屋の中でセミの羽化が観察できるのもお楽しみなのです。でも、そのほとんどがアブラゼミだった記憶があります。
 私が今住んでいる世田谷の団地には、これまたアブラゼミが多い。多いという表現は適切でないかもしれない。許しがたい密度でアブラゼミが発生するのです。地面は穴だらけ。駐車場の車のタイヤにしがみついていた抜け殻もありました。
 この団地に引っ越してきた当時は、懐かしさもあって昔の幼虫探しに没頭したものですが(いい大人が)、8月の最盛期には庭先の木や建物の壁にまで、羽化したばかりの真っ白いアブラゼミが何匹もぶらさがるのを見てやる気をなくしてしまいました。加減というものがあるでしょう。
 おまけに、東京のセミは夜中にも大合唱します。寝ていて耳鳴りがすると思ったら、一晩中鳴いているセミの声でした。都市のヒートアイランド現象で熱帯夜が増えたことと、夜でも明るい街灯のせいでセミも昼夜の区別がつかなくなるのでしょうか。
 セミがいそうな東南アジアの都市を訪れても、セミの鳴き声を聞くのはむずかしい。夏だからといって、セミの声がこれほどうるさい都市というのは世界でも珍しいのです。おまけに夜通しセミが大合唱する街は、世界広しと言えど東京ぐらいのもんでしょう。同じ日本でも、田舎ではセミももう少し節操があります。
 少ない自然に群がって発生する、のが都市型の生態のような気がします。少年時代はあんなにありがたがったセミが、これほど湧いて出てくるとなると呆れてしまう。不自然じゃないのか、と言いたくなりますね。
 この夏は梅雨明けが遅くてセミの発生も遅れているようですが、もうすぐあのアブラゼミの季節です。そういえば、日本では見飽きるほどのアブラゼミですが、2000種ともいわれるセミの仲間で褐色の羽根を持つセミはわずか3種ほどらしい。海外の昆虫マニアには、貴重なプレゼントになるかもしれません。


イトヒロ:少年時代の穴蝉とり名人にして東南アジアバックパッカー経由、草野球迷三塁手のイラストレーター。著作に「からだで分かっちゃう草野球」(学研)、「不思議の国の昆虫図鑑」(凱風社)、「草野球超非公式マニュアル」(メタ・ブレーン)、「旅の虫眼鏡」(旅行人)など。雑誌「子供の科学」に「イトヒロのご近所探検隊」連載中。