スペシャルな『旅の話』シリーズ 第19弾!(和田 祐樹)

「なぜ旅をするのか」
旅というキーワードを元に会話がなされるとき、
まだ見ぬ旅を想像する人から割と問われるテーマではないだろうか。

 

私が学生時代の頃には「自分探し」なんてキーワードが流行したりして、
ときの学生たちには受けがよかったもかもしれないが、
人生の先達の皆様からは「探しても自分は見つからない」
なんて苦言を呈される方もしばしばあったように思う。
(もちろん、面白がって応援してくださる方もいました)

 

人によって旅の目的や内容は変化する。
ヨーロッパの街並みを見に行きたいと思う人もあれば、
東南アジアの人々の生活を見に行きたいと思う人、
なかにはアメリカでブロードウェイを見たいという人もあるかもしれない。
飛行機を利用する人、現地ではバスや電車しか乗らない人、
自転車や徒歩を選ぶ人もいる。
ときに大きな時間をかけて長く滞在する旅もあれば、
期間は短くとも清水の舞台から飛び降りようとするような一歩を
踏み出す旅ももしかしたらあるかもしれない。

 

しかし自分自身の過去を思い返してみると、私にとっての旅とは、
上述したような「内容」や「手段」さらに言えば、出る理由となるような
「意図」や「目的」によってすら決まったものではないといえる。

 

私にとっての旅とは、学生時代から今も変わらず「人生の縮図」なのだ。
だからこそ旅は、その旅に出る私自身の「あり方」によって決まってきた。

 

今、このメルマガを書いているこの瞬間も、私は人生という旅路の中にある。
もちろんお読みいただいている皆様も。

 

今すぐに歩いていける近所の散歩も、遠い異国の地での遊脚も、
期間の長短や目的の有無に関わらず、ただ過ごしている中では、
訪れた者が訪ねた先の者たちから一方通行で受け取っている(消費している)
のだと思う。
(私にとっての)旅は、受け取ったものから、自分自身の内面や経験と照らし、
ときに自分と、ときに旅先で出会った友人たちと共に問答を重ねていくこと。
そして人生にとって、その旅をどんな価値あるものにしていくかどうかはその後の自分次第。
そして人生をどんな価値あるものにしていくのかも今の自分次第ということなのだ。

 

受け取らせてもらった自分が、また誰かが訪れる社会に新しい価値を生んでいく。
今日という日が、また皆様にとってのよき旅路となりますよう。

 

【エコセン世話人 / ホールアース自然学校 福島校代表 和田 祐樹】

(2020年10月17日配信 メルマガ掲載)